慶應通信! r.saitoの研究室

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哲学・社会学のレポートのコツ

 これまでここに載せてきたレポートを振り返ってみると、誤字脱字が多いなと思いました。よく合格がもらえたなと思います。また、おかしな文(破綻した文)も幾つか見つかりました。後でひっそり直しておこうと思うので、魚拓はとらないようにお願いします。 
 ところで、今回は哲学・社会学のコツについて書きたいと思います。文学部は哲学や地理学、文学や語学など、幅広く学問を履修することができます。いろいろある学問のうち、私は哲学系科目を得意としております(逆に苦手なのは歴史学です)。文学部の方の中には、哲学系の苦手な方が少なくないと思います。そこで、私が哲学系の課題に取り組む際に意識したことについて書きたいと思います。
 そのコツ、というのは、先に行ってしまいますが、社会背景に着目することです。哲学が生まれるのは、人類に危機が生じたときだ、とよく言われます。何らかの社会問題や社会の矛盾に直面したときです。例えば、第二次世界大戦がその一つです。戦争がどうして発生したのかについて、人間の内面がどうなっているのかについて考察を行った哲学者に、アドルノやホルクハイマー(独)がいます。
 彼らは代表的著作『啓蒙の弁証法』で、人間の持つ理性について深く考えました。当時の西欧では、科学技術が発達し、人々の理性が社会を動かしている時代だと多くの人が考えていました。しかし、ヒトラーが政権を握り、それ以降社会は戦争へと突入していきました。人々を幸せにすると考えられてきた科学技術は兵器に用いられました。それだけでなく、多くのユダヤ人が虐殺されていきました。アドルノやホルクハイマーもユダヤ人だったので、迫害を受ける前にアメリカへと亡命しています。
 で、どうして理性的な西欧の国々が、こんなにも野蛮な戦争を行ったかについて、彼らは『啓蒙の弁証法』において、人間の「内なる自然」に着目します。
 これまで人間は「自然」を抑圧し「合理性」によって進歩してきたと考えてきました。合理性によって人々は啓蒙され、より理性的になっていくと考えました。しかし、そうした社会の中でナチス崇拝のような呪術的すなわち反啓蒙的なことが行われたのは、人間には合理性とともに「内なる自然」が存在するためです。そこで人間の合理性は、外なる自然(外界環境)だけではなく、同じ人間をも抑圧の対象としてとらえるようになってしまいました。この人間を抑圧する理性は「道具的理性」と名づけられています。
 このようにアドルノ・ホルクハイマーは人間の内面について考察しましたが、それは戦争と言う大きな社会問題に対する一つの答えとして導きだされたものです。


 さて、先ほど「哲学が生み出されるのは、社会問題が原因だ」といいましたが、他に二つ考えられます。二つ目が「社会が解放されたとき」、三つ目が「自然科学の発展」があったときです。
 まず「社会が解放されたとき、というのは、イタリアのルネッサンス期です。これまで社会を支配していたキリスト教の力が弱まり、人々は道徳的な生き方から、自由な生き方を求めるようになりました。そこからいろいろな文学や芸術、生き方に対する哲学が生まれました。でも、文学部1類でルネッサンスについて考えることは稀です。2類では科目試験に出る可能性があるので、押さえておいても問題はないかと思います。
 次に「自然科学の発展」というのは、ニュートンケプラーによってもたらされたものです。例えばニュートン万有引力の法則を見つけ、そこから微分積分法を発見しました。またケプラーは太陽と惑星の周期を明らかにしました。その数式は忘れましたが、ケプラーの法則は、ニュートン万有引力の法則の元となっています。
 で、こうした自然科学的な発見は、哲学者たちに大きな影響を及ぼしました。その代表的な人物にヘーゲルがいます。ヘーゲルは、ケプラーの法則のように、人間の内面にも法則があるのではないかと考え「弁証法」という考えを生み出しました。詳しいことはテキスト『歴史哲学』を読んでください。ちなみに『啓蒙の弁証法』は、このヘーゲルの考えをベースの一つとしています。そして、こうした自然科学的手法は、社会問題の分析によく使われます。そもそもヘーゲルは、ナポレオンが活躍した戦乱の時代、「国家」の時代の人でした。
 というわけで、レポートを書く際は、まず社会的背景である社会問題に着目すれば、人間の内面に対して理解しやすくなるんじゃないかと私は思っています。