慶應通信! r.saitoの研究室

慶應義塾大学通信教育課程のブログです。皆さんの卒業を応援します。

基礎が非常に難しい

 慶應の論文やレポートには、それほど知識は必要ありません。それほど深いことは聞かれておらず、「慶應」だから「たいそうなことを書かなくてはいけない」と思う必要はないです。問われる知識はいたって基本的なことです。特に総合科目は、基礎の基礎です。
 しかし、課題には高度な日本語力が求められます。合格をもらうためには、そこそこの語彙力と文章構成力を身に付けることが不可欠です。でも、こうした力を身に付けるのは、すごく難しいことです。新聞や文献から真似てみたり、環境問題の勉強会の掲示板(書き込みの殆どが長文)に参加することで、文章の構成を学んだりしました。苦悶でした。
 文章を書くことは、生きるうえで基本的なことです。しかし、その基本を身に付けることは、かなり難しいです。あるネット新聞に書かれていたことなんですが、京都大学東北大学で、実験はできるけれども、全く作文ができないため、実験だけ参加して、レポートを提出せず、それが原因で留年してしまう生徒が多いらしいです。私も同じような経験があるので、理解できます。
 しかし旧帝大は馬力のある生徒が多いですから、卒業する頃には何とかなります。しかし、E〜Fランクの学生はもっと悲惨です。あるブログに、このようなことが書かれていました。

コピペどころじゃない
 いろいろ書きたいことがある。が、学生の卒論指導は着実に進めなければならない。
 これまで一度も文章を自分に見せてこなかった学生(論文の章立てさえ何度言っても出さなかった)にきつく注意をしたところ、ついに2000字あまりの原稿が送られてきた。添付ファイルではなく、メール本文として。
 間違いなく自分の言葉で書かれている。コピペはおそらく一ヶ所もないだろう。ただし、そのために最初から最後まで日本語表現が完全に破綻している。
 本当に大学4回生が書いた文章なのだろうか・・・。大げさではなく、国語が苦手な小学生が書いたと言われてもたぶん多くの人が信じられる。ちょっと漢字が多いかな、ぐらいで。一文を書き始めたときの主語を、書き終わる頃には忘れているのだろうか。学童保育所に支援で通っていたときに低学年の子どもからもらった手紙と互角のレベルである。本当に誇張しているわけではないのだ。ちょっと信じがたい。
 もちろん「文章構成」なんてものも無いに等しい。必要な分量を書くために、思いついた文章を次々と書き連ねているだけである。これを校正するとか修正するというのは、全文を代筆するというのに等しい。実際、前任者は「結局、誰が書いたのかわからなくなってた」と話していたが、ここまでとは。
 コピペは「やめろ」ですむが、これはもう注意のしようがない。深刻だ。どうすればいいのか・・・。
『lessorの日記』

 最近よく「大学院の重点化」という言葉を聞きます。確かに、大学院の重点化は重要です。しかし、それ以上に基礎を身に付ける教育のほうが重要であると私は思っています。私が言えることではないかもしれないけれども。