慶應通信! r.saitoの研究室

慶應義塾大学通信教育課程のブログです。皆さんの卒業を応援します。

卒論はじめの一歩(1)

 慶應通信の卒論は、最後の難関です。私は学士入学で、前の大学でいろいろ教わっていたので3ヶ月+α(誤字訂正を含め半年)で何とか書き上げることができました(しかし文献はそれよりも前から読んでます)。しかし、もし私が普通入学だったら、おそらく3年から5年ほど掛かっていたと思います。
 まず卒論を書くときには、文献をリサーチする必要があります。この世にはいろんな本で溢れています。その中から自分に合った本を選ぶには、一体どうすればいいか、私が心がけたことについて書きたいと思います。文献選びのまず1歩です。


1.まず物事を「善」と「悪」の二項対立で捉える
 まず、文献を探す前に頭に入れておくといいんじゃないかな?と私が思っていることについて書いていきます。それは、卒論で中心的に扱う事柄が、それ自体が良いものか、悪いものかについてまず考えてみることです。いろんなものには「善(プラス)」の側面と「悪(マイナス)」の側面の両方を持ち合わせています。多くの人が「良い」と考える政策でも、それには必ず負の側面を孕んでいます。また逆に、多くの人が「良くない」と思っている政策の中にも、プラスの側面があると思います。この世の中の多くは、白黒どっちつかずなグレーゾーン域内のものが多いです。
 で、卒論においては、殆ど多くの人が「善」もしくは「悪」と考えているものを題材に選ぶと、書きやすいと思います。まず、卒論で取り上げる題材が、多くの人にとって「善」なもの(よいもの)として考えられやすいものであれば、その「悪」いところを探し、逆に「悪」いものとして考えられやすいものであれば、「善」の側面を探すようにしましょう。あまり明らかになっていない逆の面を明らかにしていくのです。
 例えば小学校の社会で「生類憐みの令」という言葉を習います。皆さんご存知だと思いますが、徳川家5代将軍、徳川綱吉が定めた法令です。犬を中心に、猫や鳥などの生き物の殺生を禁じるお触れです。この法令は、元禄時代の経済を悪化させた悪法であると多くの人に受け止められています。
 しかし現在は、この綱吉の治世に対して見直しがなされるようになっています。この生類憐みの令の対象は動物だけではなく、乳幼児も含まれていました。当時、戦国時代の名残か、荒々しい時代であったので、無残に殺されていく動物や乳幼児たちが多かったそうです。綱吉はそうした風潮を一掃させたかったのでしょう。綱吉は動物や乳幼児を愛護する法律を作って、世の中を安定させようとしたのではないか、という説が広まりつつあります。この法令は現在の動物愛護法や、児童虐待防止法とつながるものです。このように、生類憐みの令という法令一つにおいてもプラスマイナス極端に異なる見方があるのです。
 また、現在オランダなど欧米各国ではワークシェアリングという考えが広まっています。勤労者同士で労働を分け合い、解雇をなくそうという考えです。このワークシェアリングに対して、多くの方が賛同していますが、それをじっくりと調べてみると、ひょっとすると悪い点が見つかるかもしれません(私は調べてません)。
 このように、一つの物事を「善」「悪」という2つの基準で見つめて、多くの人が抱いているイメージと真逆の要素を見つけ、そのことを中心に文献を探すと、いい論文が書けるんじゃないかなと思います。


2.自分の軸になる本を決める
 まず1冊、軸となる本を決めます。本は何でもいいです。お気に入りの本です。哲学専攻なら哲学者の書いた本、文学専攻なら文学作品およびそれについて論じられた本です。社会調査する人なら、町史がいいと思います。よく文献は批判的に読めと言われますが、批判的に読むのは難しいです。私には無理です。その本を読み終わったら、その文献を描いた人が批判的している人の書いた本もじっくり読みましょう。その本にも共感できるところはあると思います。そこから、どんな点でこの二人の意見が対立しているのかを見つめていくと、深い考察が得られると思います。その軸から次第に外れていくことで、卒論のネタを得ていきます。
 ところで先ほど、社会調査する人ならば町史がいいと書きましたが、パンフレットやウェブサイトでもいいと思います。デザインのいいサイトやパンフを選びましょう。例えば、私は貝塚市に住んでいますが、その隣に岸和田市と言う町があります。私はこの2都市の境目近くに住んでいます。岸和田市には「だんじり祭り」という日本でも有名な祭りがありますが、岸和田市民はこの祭りが死ぬほど好きだそうです。だんじり祭りでは街中を山車が猛スピードで駆け抜けていきます。カーブでたまに人が死ぬようです。「だんじり祭りで死ぬようなことがあれば本望だ」という言葉があるくらいです。そういうイメージでだんじり祭りが、そして岸和田市が熱狂的な、プラスの方向に形成されていきます。
 しかし、こうした事態を憂慮している人はきっといるはずです。人が死んでいいことはないはずです。だんじり祭りなんてなくなればいいのにと思っている人もきっといます。また、だんじり祭りや日本で行われる踊る系の祭り(阿波踊りよさこいなど)には必ずと言っていいほど、常軌を逸する者たちが現れます。いわゆるDQN(ドキュン:頭の痛い人を意味するスラング)です。祭りは犯罪の契機という側面も持っています。ですから、町史やウェブサイト、パンフレットを元にして、そこにあるイメージと逆の視点から物事を見てみると新たな発見があると思います。
(とかいろいろ書いてますが、私の卒論のクォリティは他の学生と比べて低いです。)